2017年5月10日水曜日

『TESTAMENT Dear my Devil』第1話「童話 Marchen」



橘立花(たちばな りっか)
「もう終わりだ!何もかもお仕舞いだ!あれ以来、ずっと頑張って来たけど、無理だった!変えられなかったんだ!学園がああなるのを止められなかった時点で、この結果は決まっていたんだよ!未来ちゃん、逃げよう!ボク達だけでも!神は、運命は…やっぱり理不尽(unreasonable)だったんだ!」

滝山未来(たきやま みき)
「…もう一度…皆が手を取り合えたなら……こんな事には…ならなかったのに…」

 全ては、眼前に迫る極大の絶望と、その間隙に光る極小の希望、両者の確率を巡る葛藤から始まった。そしてそのきっかけは、一つの理不尽な出来事であった…。

第1話「童話 Marchen」
・脚本:十三宮顕(スライダーの会)

近衛和泉(このえ いずみ)
「…言霊を呪いし国は、必ず滅びます…故に私は、私達は…生き延びなくては!正しき言の葉を、正統なる民族の精神を、護持せんがため…例え、如何なる手段を用いようとも…!」

光復元年 東海道の戦い

星川初(ほしかわ うい)
「全軍、総攻撃開始!今日こそ反逆者を討ち取りなさい!」

笹川孝和(ささがわ たかかず)
「母上、邪宗門の本陣と思しき遺跡に到達致しました!これより、突入します!」

喜多条誠(きたじょう まこと)
「敵の罠かも知れない。慎重に進もう」

扇谷橄欖(おうぎがやつ かんらん)
「その先には、邪教徒達を率いる『魔女』が居るはず…確実に仕留めるのです」

笹川孝和
「こ…これは一体?」

喜多条誠
「…このような事も、あるのだな」

扇谷橄欖
「どうされたのですか?城内の様子は?」

笹川孝和
「幼い少女が二人いるだけです、ほかには誰も」

喜多条誠
「恐らくは姉妹。年齢も近く、双子だろう」

扇谷橄欖
「…殺してしまいなさい」

星川初
「待ちなさい、橄欖。相手は幼な子よ?信徒達に利用され、祭り上げられていただけじゃない」

扇谷橄欖
「無念ですが、やむを得ない犠牲です。彼女らが敵方の偶像と化している以上、これを即時破壊する事が、最も合理的です」

星川初
「でも…」

扇谷橄欖
「孝和様!可及的速やかに、お二人を銃殺なさい!これは、星川委員長の御命令です!」

星川初
「橄欖!何を勝手に命じているの?」

笹川孝和
「は…母上のため、星川のため、天下のため、討つほかないのか?南無妙法蓮華経…赦せ、少女達よ…御免!」

喜多条誠
「命中確認、2弾とも対象に直撃」

扇谷橄欖
「お見事です。これで奴らは枢軸を失い、自動的に瓦解するでしょう」

星川初
「…本当にこれで、良かったのかしら?」

喜多条誠
「姉上、訂正です。命中しませんでした」

笹川孝和
「そ…そんな馬鹿な?」

星川初
「あら、誠が見間違い?珍しいわね」

喜多条誠
「いや、それが…当たったのですが、当たりませんでした」

星川初
「どっちよ?」

扇谷橄欖
「情に惑い、外したのではございませんか?」

笹川孝和
「いえ、確かに必中だったのですが、彼女達は全く怪我をしていない…防がれたのか?だが、一体どうやって…」

津島長政(つしま ながまさ)
「愚者どもが!天帝の再臨であられるお二方に、人間如きの武器など通用するものか!」

喜多条誠
「しまった、伏兵だ!孝和、下がれ!」

津島長政
「皆の者、かかれ!畏れ多くもメシアに弓引いた者達を、生贄に捧げようぞ!」

太田愛(おおた あい)
「今が好機です!布陣の崩れた星川勢を、包囲殲滅致します!」

笹川孝和
「退路を塞がれた!あ…あれはもしや、太田愛?母上の大軍を、僅かな手勢で苦戦せしめた奴だ…!」

星川初
「あと少しで、援軍が到着するわ!それまで持ち堪えて、お願い…!」

高瀬川航二郎(たかせがわ こうじろう)
「安堵なされよ、待たれる必要などない!」

扇谷橄欖
「星川委員長、援軍です!たった今、高瀬川将軍の部隊が到着致しました!」

田中正弘(たなか まさひろ)
「反乱軍を迎撃しつつ、突出した笹川・喜多条隊の救援に向かいます!」

太田政景(おおた まさかげ)
「敵増援との合流を許したか…これ以上の戦闘は不利だな。愛様、ここは転進致しましょう!」

津島長政
「神国トサミヤに、撤退などあり得ない!援軍もろとも、叩き潰してくれようぞ!」

堀越碧(ほりごえ あおい)
「津島様、今は潮時です!これ以上戦闘を続け、選ばれしお二方に万一の事あらば…」

須崎グラティア(すざきGratia)
「お二方の御聖体は、私が『これ』で転送致します!堀越様や津島様は、先にお逃げを!」

笹川孝和
「お…おい見ろ誠!なんだ、あの光は?少女達が、玉(ぎょく)の中に…吸い込まれて行くぞ!」

喜多条誠
「下らん手品に、騙されている場合か?追撃するぞ、慎重にな」

扇谷橄欖
「…委員長!一大事にございます!」

星川初
「今度は何よ?」

扇谷橄欖
「指名手配中の、近衛和泉と思しき少女を発見致しました。私達の戦力が、トサミヤへと集中している間に…」

星川初
「その間隙を利用して、逃げ出した…これも、私の不覚が招いた結果だわ。この上は、私自身が手勢を率いて出陣するしかなさそうね」

近衛和泉
「…あと少し、この関を破れば…!」

星川初
「止まりなさい。ここまでよ、和泉ちゃん」

近衛和泉
「貴女は…否、お前は…!」

星川初
「悪い事は言わない、投降しなさい!生命を奪う気はないし、決して危害を与えぬよう、私のほうで手配しておくから…」

近衛和泉
「嘘や、偽りに決まっとる!お前は今まで、そうやって幾度も言の葉を欺き、数多の人間を殺めて来たとちゃうんか?」

星川初
「ええ、そうせざるを得ない時もあった…でも、今はそうじゃない!私はもう、あなたを撃ちたくないの!だから、降伏して!」

扇谷橄欖
「近衛様、これが最期の警告です。抵抗をおやめ下さい。さもなくば…」

近衛和泉
「…欺かれる…騙される…屠られる…殺される…弑される…奪われる…誅される…裁かれる…」

星川初
「…どうしたの?様子が変よ」

近衛和泉
「…ウタウ…イウ…イナスル…サダメル…ハッスル…タテル…カク…ツク…ノゾム…シメル…マク…ミル…ヒク…フル…クダク…カクス…ナゲル…ハカル…サス…ヨム…ナガス…クム…」

扇谷橄欖
「これは、いやまさか…委員長、お逃げ下さい!」

近衛和泉
「忌みても愛おし、言の葉よ…!」

 これは、後の時代を築く者達より、一世代ほど前の話である。当時の日本列島は、独裁的な権力による恐怖政治の支配下にあり、その中で生き残るためには、大人しく体制に従うか、さもなくば反乱軍に参加する、などの無茶をしなければならなかった。

 若き青年将校、星川初は、官僚と軍人という二つのエリート職を歴任する「文武両道」を死に物狂いで突き進み、並大抵ではない努力によって出世を重ね、いずれは自らが天下を掌握し、この堕落腐敗した国家を、内側から改革せんと誓っていた。折しも当時、政府に対する抵抗運動が次々と頻発していた。

 双子の幼女姉妹を神の化身と信じて祭り上げ、伊豆半島を拠点にテロを繰り返すカルト宗教団体「トサミヤ教」。農民を苦しめる重税の取り立てに反対し、出羽山形の「百姓一揆」を率いる清水賢一郎。「滅ぼされた武士達の成れの果て」と伝承され、陸奥南部地方などに棲息する「人喰い部族」。

 少数精鋭の武装集団を結成し、各地を転戦して反体制派を支援する遊撃将軍、太田愛

あん子
近衛和泉(方広院)

 そして「言葉を現実にする力」を持っている…と噂される謎の少女、近衛和泉などが挙げられる。彼らを殲滅するのが、星川大尉に与えられた任務である。この日も、トサミヤ教団が暴動を起こしているとの報告を受け、鎮圧に向かった。結果は、惨敗だった。トサミヤは密かに太田騎士団と同盟しており、彼女らの策によって、星川軍は最前線におびき寄せられた所を、奇襲攻撃された。しかも、トサミヤの「教祖」とされる幼き双子姉妹は、星川軍の銃撃を平然と防御した上に、宝石が放った光に吸い込まれるかの如く消失してしまった。

あん子

 一方、星川大尉は親衛隊を率いて、同時刻に行動していた近衛和泉を捕らえようとしたが、和泉の言葉を耳にした将兵達が次々と発狂し始め、ギリギリ正気を保った大尉の指揮で、辛うじて生還できたというザマであった。

二条剛十郎(にじょう ごうじゅうろう)
「…それは災難だったな。で、この私に立ち会えと?こういう話は、もっと大きな病院にでも頼んでくれよ」

星川初
「『国立』の評判は、二条先生もご存知でしょう?酷い話では、臓器もろとも細胞組織を売られるとか…」

二条剛十郎
「…まあ、確かに奴らは腐り切っているからな…知りたくもない話だが」

 もとより、良心ある医師も少なからず居たはずだが、当時の日本でこうした悪評は、知る人ぞ知る「常識」であった。

星川初
「真相も『彼ら』の目的も分かりませんが…仲間達のためにも、やはり信頼できる方をと…」

二条剛十郎
「ま、できる限りは協力させて貰うよ。だが、全部は無理だぞ」

星川初
「ありがとうございます!助かります」

二条剛十郎
「…それにしても、あんたにしては随分と手間取ったようだな。しかも、よりによって子供相手に」

星川初
「私が見た現象、あれを『超能力』などと呼ぶのか分かりませんが、いずれにしても、所詮は人間の弱さが生み出した産物に過ぎません。そして、そんな物に敗れた私はもっと…」

二条剛十郎
「あんたは強いほうだよ。あんなに多くの仲間を集める人望も中々だが、例え独りになっても、あんたには充分に生きて行けるだけの実力がある。でも、それを持てない奴には、別の『力』が必要なんだよ。あの少女達のように、な」

星川初
「力とは実力、自身の努力によって手にしてこそ、意味があるのです。己の弱さを隠すための裏技なんて、無明な我執です」

二条剛十郎
「そうでもしなけりゃ、彼女達は生きられないんだよ。それに、あんたらが体を鍛えたり、銃の撃ち方を覚えるのと同じように、そいつらもその気になれば、自分の力をコントロールする術(すべ)くらい、身に付けられるんじゃないか?あの近衛和泉みたく、弱さゆえに力を翻弄し、自らも翻弄されてしまう者に、そういう事を教えてやれる奴が必要なんだよ、きっとな」

七宝院夜宵(しっぽういん やよい)
「二条様は、数多の骸を御覧になって来られました。死に触れる事は即、人をして生への凝視に向かわしめます」

 夜宵は、八ヶ岳火山群の小さな寺子屋「七宝院」を営む尼僧である。かつて星川軍が境内に無断侵入した際、神輿を担いで星川大尉の戦車に特攻した事もある猛者だが、その事件を転機として、逆に縁を深めてしまった。権力支配の外側に居るアウトサイダーだが、約束や秘密を遵守する気質ゆえに人脈は広く、異なる立場の者同士が邂逅する場所を提供していた。死体の検案・解剖を専門とする孤高の監察医、二条剛十郎との出会いも、夜宵の仲介による。

星川初
「私を含め、この国を率いる者達は、科学と理性こそ万能だと信じて、社会を建設して来ました。しかしその先には、虚無しか残っていませんでした…私が留学した中華大陸では、伝統的な家族道徳が再評価されつつあると聴きます。私達も、思想を温故知新すべき時なのでしょう」

七宝院夜宵
「衆生を導く法の変わる時とは常に、天命の改まる時にございます。何か、大いなる事変が近付いているのやも知れませぬ」

二条剛十郎
「あー、ところで…あんたが出会った連中の中に、目の色が変わるような奴は…居たかい?」

星川初
「いえ、特に居ませんでしたが…何か、ご存知で?」

二条剛十郎
「なんでもない、ただの興味本位だ」

 先の戦闘が行われた場所では、両軍犠牲者の死体回収が黙々と進められている。同じ遺体でも、丁重に葬られる者から、ゴミの如く処理される者、科学的目的で「お持ち帰り」される者、更にはそのまま放置される者まで、時と場合によって扱いは様々であった。しかし、せめて戦没者くらい平等に弔いたい…そう思った星川大尉は、信頼する軍人・医師らに作業を依頼していた。

笹川孝和
「…済まぬ、済まなかった!俺が冷静に行動していれば…お前を死なせずに済んだのに!戦友として、英霊との義に誓って、約束する!お前の死を、決して無駄にはしないと!だから…!」

二条剛十郎
「…そろそろ、荷台に載せても良いか?あんたの気持は察するが、こちとら仕事なんだ」

笹川孝和
「黙れ解剖屋!貴様らに、俺達の何が分かる!」

二条剛十郎
「検屍の遅れは、死因の正確な推定を困難にする。まして、遺体の長時間放置は伝染病を招き、無駄に被害を増やす事になる。それこそ、死者への無礼だとは思わないか?」

高瀬川航二郎
「笹川よ、君の想いは充分、亡き者達に伝わったであろう。我々は、我々の役目に専念しよう…手間を掛けたな、二条」

二条剛十郎
「私は別に、慣れているので構いません。それにしても、奇妙な光景だ…誰一人、敵に背を向けて斃れた者が見当たらない。彼らは皆、主君のためなら命を捨てる覚悟だったのか…決意や誇りは、こうも人を突き動かすのだな。果たして人類は、えたその先に、何を見出すのか…」

 後に星川大尉は、この屈辱的な敗戦経験から多くの教訓を学び、やがて数万の戦力を自在に指揮する将軍へ成長するのだが、それはまた別の機会に述べる。

星川初
「仮にも人民の一軍を預かりながらこの有様、誠に申し訳ございません!この上は、私が身を以て…」

赤山御影(あかやま みかげ)
「御前会議は、大元帥の親征をも討議したのだぞ!星川同志、貴官の失策は銃殺刑に相当する!」

遠野衛(とおの えい)
「…などと言いたい所なのだが、残念ながら今回は仕方あるまい。高瀬川からも報告を受けたが、あの情況では恐らく自分も判断を誤ったであろう。そもそも、反乱軍の戦力を過小評価した責めは自分にある」

星川初
「とはいえ、このまま何も贖わぬわけには…」

遠野衛
「それに関しては、大元帥とも話し合ってみたのだが、お前には再度、山形への遠征を命じたい。ヴァンデミエール(Vendemiaire)大隊も、出撃予定だ」

赤山御影
「県の安積長官に、反逆の疑いが掛けられている。恐らくは、清水賢一郎も関与しているだろう」

星川初
「畏まりました。それと、先の戦闘で投降した捕虜の扱いですが…」

遠野衛
「了解している。罪状の軽い者には寛大な総括を下すよう、大元帥に要請している。だが、現状では大元帥の主体的な意志が制限されている…」

星川初
「つまり、主席閣下のお力と権威を悪用し、御心を歪曲して資本を貪る『君側之奸』が居ると…」

遠野衛
「自分も、このままで良いとは考えていない。将来的には『奴ら』と決着を付ける必要があるだろう。だが、今はまだ早い。安積・清水らを片付けた暁には、お前を少佐に昇格させる事もできるだろう。具体的な話は、それからだ」

 当時の日本、その政府の最上層には「主席」と呼ばれる国家元首がいた。後に星川大尉が語った証言によれば、その人物は若い女性で、柔和と残虐の二重人格を併せ持ち、自ら出陣した際にはたった一人で、敵の大軍を全滅させるほどの戦闘能力を備えていたという。しかも彼女は、本当は独裁者などではなく、彼女の意志と能力を操る「真の支配者」が、別に存在していたらしい。政権崩壊と同時に、この人物は行方不明になったが、彼女の遺伝子情報が保存されているという噂もあり、その真相に関心を抱く者もいる。この恐怖と謎の闇に包まれた超人的女性を、いつしか人々はこう呼ぶようになった。

 「滝山未来」と。

高瀬川航二郎
「安積長官の謀叛が事実だとすれば、前回とは比較にならない決戦が予想される!先の負傷が癒えていない以上、星川大尉は銃後にて養生されよ!」

田中正弘
「農村を巻き込んだ、血まみれの虐殺になってしまうかも知れません!そのような汚れ仕事は、私達だけで充分です!」

星川初
「いいえ!将兵も農民も、皆が耐え忍んでいるという時に、私だけ安全地帯に居座るなんて、耐えられないわ!それに、今回は腹案があるの!次こそはしくじらないわ!」

扇谷橄欖
「星川委員長、太田様との連絡に成功致しました。また、既に大宮旅団の多くは、委員長に協力する意思を表明されています。気掛かりなのは、赤山様ですが…」

星川初
「赤山将軍は、私達の言動を監視しているようね…橄欖、『最後の手段』を準備しておきなさい」

扇谷橄欖
「…承知致しました!」

 星川大尉は、ライバルの将軍である赤山御影を暗殺し、軍の実権を奪った。仲間達と夢見た理想を成し遂げるためならば、時として冷酷な決断をも下す…星川初という人間には、そういう側面もあった。

奥羽山脈

清水賢一郎(しみず けんいちろう)
「星川が、鳳龍が攻めて来る…恐らく、今回は本気だ…!」

神前寺鳥海(しんぜんじ ちょうかい)
「ざっと数えましたが、先陣だけでも七千はおるかと。後詰めを含めれば、数万にも増えましょう」

清水賢一郎
「前よりも多いな…百姓の馬鹿力だけでは、どうにもならんぞ!最上、何か智慧はないのか?」

神前寺鳥海
「申し遅れましたが、出羽富士にて悟りを得、名を『神前寺』と改めました」

清水賢一郎
「最上でも神前寺でも、どっちでも構わん!大切なのは、如何にして村人達を護るかだ」

安積長盛(あさか ながもり)
「お困りのようだな、鬼拳(きけん)居士」

清水賢一郎
「こんな時になんの用だ、お役人様?年貢の増税は、勘弁してくれ」

安積長盛
「いや。農民達の窮乏を顧みず、搾取を繰り返す中央のやり方には、さすがの私も愛想が尽きた。この上は私も、あなた方と共に戦わせて頂きたい!」

神前寺鳥海
「ほう、真(まこと)にございますか?」

安積長盛
「山形の警察は、既に私の指揮下にある。また、県内に駐屯する軍の中にも、私の同志がいる。彼らの戦力があれば、星川を撃退できる!」

清水賢一郎
「それは頼もしい!だが、村が戦禍に巻き込まれる事だけは避けたい…」

太田愛
「太田騎士団、ただいま帰参致しました!」

清水賢一郎
「愛殿に政景殿、ちょうど良い所に!たった今、鳳龍との決戦について話し合っていたのだが…」

太田政景
「その件ですが、星川総統より、清水様宛に至急の密書を預かっております。こちらをご覧下さい」

神前寺鳥海
「これは…地図にございますな、この村の。はて、こちらの印はなんでしょうか?」

太田政景
「この記号は、敵方の爆撃予定地点を示しております。星川総統は、本心では焼き討ちなどお望みでないゆえ、こうして事前に作戦を伝え、避難を促しているのです」

安積長盛
「待て、なぜそう言い切れる?仮にも敵の言う事を、安易に信じて良いのか?星川初は、目的のためならなんでもする奴だ!偽情報で、我々を騙す気なのでは?」

太田愛
「でしたら、地図記号の分布をご覧下さい。爆撃予定地点が南方に集中しており、私達を北の山奥へ避難させようとしています。もし、星川殿に殲滅の意志があるならば、北方への爆撃、つまり退路を塞ぐと予告し、私達を前線に誘導しようとするはずです。これは『打って出ようとせず、逃げよ』との暗示でしょう」

安積長盛
「しかし…」

神前寺鳥海
「拙僧も、面白い事に気付き申した。この印が打たれているのは、荒地ばかりです。在家や田畑は、攻撃目標とやらから外されております」

清水賢一郎
「つまり鳳龍は、私達の村を焼く気などないという事か?」

安積長盛
「ならば、こちらの記号はどうなる?この区画は、農業用地と重複しているではないか!」

神前寺鳥海
「よく御覧なされよ。この辺りは確か、焼畑を要する林野ではございませぬか?」

清水賢一郎
「ああ…そう言えば、そろそろ火入れの季節だな…ん?待てよ…つまり星川は、焼畑を焼きに来るという事か?私達の代わりに、火入れの作業を…だとしたら、ありがたい話だな?」

神前寺鳥海
「これは、農本に造詣深き者にしか分からぬ伝言です。鳳龍大姉は、無益な殺生をお望みではないのです」

太田愛
「清水様、ご決断を!」

清水賢一郎
「…分かった。ここは、鳳龍の想いを信じるとしよう。ならば早速、村人達を避難させなくては!私は、一番最後で構わない。安積さんは、どうする?」

安積長盛
「避難自体に、異存はない。但し万全を期するため、守備は固めておきたい。仮に星川が攻撃して来ても、迎撃できるようにしなくては」

神前寺鳥海
「拙僧は、鳳龍大姉こと星川公に、直(じか)に会ってみとうございます。総大将として兵(つわもの)を率いて来られる以上、事を如何に始末すべきか、話す役が要りましょう」

太田政景
「伝令は、我ら太田騎士団にお任せ下され!」

清水賢一郎
「私は、良き仲間達に恵まれたものだな…故郷出羽の国と民を護るため、皆の者、宜しく頼む!そして必ず、生きて再会しよう!」

 こうして、清水賢一郎は領民の避難誘導に奔走し、安積長盛山形長谷堂(はせどう)にて戦闘に備え、神前寺鳥海は星川方との和平交渉を模索し、各地点間の情報伝達には太田騎士団も協力する事になった。星川と清水、互いの家と故郷の命運を懸けた勝負が、始まろうとしていた。もっともこの戦いは、間もなく訪れる大災害によって、意外な終止符を打たれるのだが…。

七宝院夜宵
「色々と、御苦労なされていらっしゃるようですね…」

星川初
「羽州へと赴く事になりました。既に手は打ってありますが、一寸先は闇ですので、念のため挨拶をしておこうと思いまして」

二条剛十郎
「これであんたが死んだら、私を『先生』呼ばわりする奴はこの世から居なくなるのか…それはそれで、少し寂しいかもな」

星川初
「私が、私が変えてみせます!未だ道半ばですが、私はいずれ、この国で権力を手に入れ、その力を以て、人民を守護してみせます!そうすれば、先生の嘆きを聴く事もなくなるでしょう」

二条剛十郎
「…私は、私はそう思わない。あの怪しい『国立研究所』に出入りしている、この国のマッドサイエンティスト連中の中には、私と面識のあった奴も、数人だが居る。彼らもあんたと同じように、大して悪い奴じゃなかったが、権力が近寄るに連れて、頭がオカシクなりやがった…噂だが、奴らは人体実験を繰り返した挙句、不老で無傷な、『人工美少女』とやらを発明したそうじゃないか!そんな事を平然とやらかす、この地球上で最も愚かな動物達が築く『未来』とは、実(げ)に恐ろしき世界であろうな!あんたも結局は、それに加担するんだろう?」

星川初
「二条先生!お気持は察しますが、お静かに。誰かに聞かれたら…」

二条剛十郎
「ああ、済まない…私だって本当は、弱き者達を恐怖と絶望から護り救えるような、そんな力が欲しかったさ…だがな、今の私にできるのは見ての通り、ただ死を見届ける事だけ。運命は、神は理不尽だ…」

 それから暫くした後、二条剛十郎は忽然と消息を絶ち、再び彼の名を聞く事はなかったという…。

七宝院夜宵
「民と国とが、七宝の如く輝ける世は、何処(いずこ)に…おや?本日は妙に、日月星辰(じつげつせいしん)と申しますか、天が明るいですね…」

 そして、この日から二十年近い歳月を経る中で、世界情勢は大きく変動した。

 最も重大な事件は言うまでもなく、地球への小惑星衝突であった。多くの人々の運命を狂わせたであろう被害規模に加え、天文物理学的にも不可解な点を伴った隕石飛来は、神や悪魔といった霊的存在の仕業ではないかと噂され、いわゆる「石の魔女」伝説が謡(うた)われるようになった。そして、この大災害の惨禍から復興する過程で、人類文明は新たな秩序を築いた。

四ノ原
星川初

 滝山未来の失踪と共に、日本の独裁政権は滅び、星川大尉は、埼玉大宮にて新国家を開闢(かいびゃく)し、自らその元首に就いた。清水賢一郎は、民主化された東京政府と協調しながら、企業経営者としての才能を発揮し、やがて列島随一の大財閥になった。夜宵は、私立学校法人「七宝院学園」を開校し、甲信地方だけでなく、東京渋谷にも校舎を建てた。

あん子

 近衛和泉と呼ばれた少女は、身を隠すためか、どこかの新設学校に通った後、出家入道して名を変え、今では関西地方を支配する黒幕だと言われている。

まころ
十三宮聖

 また、あのカルト教団、トサミヤの信者達に祭り上げられていた双子の姉妹は、成長して「十三宮聖」「十三宮勇」と名乗り、前者は祭司、後者は軍人への道を進んだ。そうして、時は過ぎ…。

十三宮仁(とさみや めぐみ)
「…ねえねえ、なんの本を読んでいるの?」

光復19年 呪術博物館

十三宮幸
「ん?ああ、これは現代史だよ。らが生まれる前、姉さん達はまだ幼くて、星川の母さんも武官の一人に過ぎなかった頃、日本はどんな国だったのかな…とか思って」

十三宮仁
「そうなんだ!じゃあね、めぐちゃんも一緒に読んでいーい?」

 隕石衝突の年を新暦元年として、今年は19年度になる。十三宮幸は中等学校第三学年であり、同い年の幼馴染みである十三宮仁と共に、受験・進学する上級学校を選ぶ時季を迎えていた。この日は、今やの姉に当たる十三宮聖の引率で、学校案内などの資料をまとめて収集するため、「呪術博物館」という図書館のような場所に来ていた。ここは18年前、トサミヤと星川軍が激戦を繰り広げた、あの宿命の遺跡に当たる地域でもある。なお、星川初(今は大尉ではなく将軍と呼ばれている)はにとって義理の母であり、その長女の星川結と同い年で、かつて敵同士だった十三宮家と星川家は、今となっては友好関係にある。

十三宮聖(とさみや ひじり)
「…確かに、切磋琢磨も大切ですが、闘争ばかりでは、子供達も疲れてしまいますよ。やはり、そういった方々に対しても、相互扶助と申しますか、ゆとりある教育のほうが望ましいのではないかと…」

津島三河守(みかわのかみ)長政
「かく言う汝も、かつてこの地にて鳳龍の眷属を地獄に追い詰められた如く、聖戦の輪廻を経る事で、魔女となられたのではあるまいか?いずれにせよ、我らが再び同じ過ちを繰り返さぬためにも、こうして神秘の蔵書を補完するのが、予の天命だ」

橘立花
「今更言うまでもないけど、魔女のような人達は、太古の昔から居た。お姉ちゃんも、その一人だよ。でも、18年前の隕石以来、サイキックフォース(psychic force)の事例が異常に増えた。ここにある本とかに書いてある通り、超能力の種類を分類する研究が行われたり、遂には政府や国際警察までもが相手をするほどにね。それで、そういう事を本気で考えている人の役に立つよう、表の世界からは少し離れた場所に、こういう空間を用意してるってわけ」

 津島長政は、かつては姉さん達を担いで暴れ回っていた、あのトサミヤ教団を率いた悪党の一人だが、二十年近くの歳月を重ねて少しは丸くなったらしく、今では持ち場の役目を一応真面目に務めている。橘立花は、自分で自分を人間ではないと断ずる絶讃中二病患者で、いつ出会ったのかさえ忘却するほど、神出鬼没な謎の先輩。

十三宮仁
「ここは、呪術の公文書館なんだね!」

津島三河守長政
「魔術との縁を得た者は、ただそれを持っているとの理由だけで迫害される事も多い。彼らを支援するべく様々な策が取られ、ここもその一つだ」

十三宮幸
「仮に、そういう話が本当だとして、姉さん達はいつ頃、それを自覚したの?」

十三宮聖
「天下には、ご自分の意志で『魔法少女』になられるとか、恵まれた境遇の方々もいらっしゃるそうですが、生まれた時から魔女だったお姉ちゃん達に、そんな選択肢はなかったんです。あるとすれば、この血に宿る力を以て、如何にして衆生に奉公できるか…という事です」

橘立花
「お姉ちゃんは強いのに、謙虚だなあ。ボクらはまあ、今のところ人間の姿をしているけれど、幾つかの史料に伝わる話によると、過去には人の形を捨てちゃった子も居るみたいで、ボクの『同級生』も、半分くらいそんな感じだけど…ところで今日は、メモリアの青薔薇ちゃんは来てないの?」

十三宮幸
「青薔薇?…ああ、星河亜紀さんの事?彼女は、去年の秋に…」

十三宮仁
「あっちゃんは、死んだよ。不忍池の戦いから撤退する時、官軍の爆撃を真に受けて、体が全部…吹き飛んじゃったの。だから、遺体も残ってないよ…」

十三宮聖
「勇が行方不明になったのも、多くの同胞達が亡くなったのも、同じ日の事です…私は、神の国は必ず訪れると信じている身ではありますが、あの時ばかりは、運命の理不尽さを嘆いたものです…」

橘立花
「り…理不尽って言うなあーっ!や…やめて!ボクの前で、その言葉を口にしないで!あ…あれは、悪夢だよ…でも、も…もう終わった事なんだよ!」

津島三河守長政
「どうした、異形(いぎょう)?何か心当たりでも?」

橘立花
「…あ!いや、なんでもない…そっか、それは悲しかったね…でも、きっとまた会えると思うよ。特に、勇お姉ちゃんは…」

十三宮幸
「亜紀さんは生前、宝石鉱物を使った『手品』がやたら得意だった。もしかしたら、あなた方の話とも、何か関係あったのかも知れない…ところで姉さん、今日はどっかの学校案内を取り寄せに来たんじゃないの?」

十三宮聖
「あ、はい。仮にもオカルティズムを専攻する立場として、前から気にはなっていたのですが、折しも皆さんの進学先を選択しないといけないので、思い立って調べていたんです。あの小惑星の数年後、呪師の気質を持つ子供達を匿うための学府が、何者かの手によって、秘密裏に建立されたそうです。そして、そのうちの二つか三つは、我が国に実在すると…」

橘立花
「あ…」

十三宮幸
「ま…まさか姉さん、その都市伝説みたいな学校を突き止めて、らにそれを受験しろとでも?」

十三宮聖
「いえ、そういうわけではないのですが、これらの学園を必要としている方々に、適切な情報を提供するためにも、名前と場所くらいは知っておこうと思いまして…ご存知ですよね、橘立花様?」

橘立花
「ま…まあ、知ってはいるけど、あんまり言いたくないと言うか、思い出したくないと言うか…って、ちょっと!そんな眼で見られても、ボクに読心術は効かないよ!」

十三宮聖
「…あら?本当ですね。私の精神感応(telepathy)が通用しないなんて、あなた様はやはり、人間では…」

能登彼岸(のと ひがん)
「…本年は、茶道部と剣道部の新入生が、大変秀でているそうです。この流れですと、次年度の部活は新聞か、案外ビリヤード辺りが有望かも知れません。そして、再来年は…いえ、例えどなたであろうと、私が愛でたお方には及ばないでしょう…」

十三宮仁
「美麗なお花…あなたは?」

 花壇に接する窓際でただ一人、やや古風の髪飾りを着けた女性が、昔話らしき絵本を眺めながら答えた。

能登彼岸
「…田舎の言葉しか話せぬ役者、比べる事しかできない縫物師、本しか読めぬ司書。そして、忘れられない詩を詠み聞かせながら、返歌を聴かずして去った人…そう、皆が居たのです。かの地の名は…」

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